いつ死ぬかわからないから「今」が楽しければ良い。いやいや、ちゃんと「将来」のことを考えて生きるべきだ。これらの考えはどちらが正しいのでしょうか。
僕が気に入っている言葉に「YOLO」というものがあります。YOLOとは「Your Only Live Once」の略で、日本語では人生一度きりという意味です。
人生は一度きりなので、どうせなら好きなことだけして生きていきたいですよね。だったら僕は今が楽しければ良い派か?と言われると、決してそうは思っていません。
今が楽しければ良い派の意見
将来のことなんてどうなるかわかりません。1年2年ならまだしも、5年10年先の世界がどうなっているかなんて、想像できますか?
この記事は2020年に手直しをしているところですが、10年前の2010年に、自分がどんな生活をしていたか思い出せるでしょうか?
僕は記憶力がペラッペラなのであまり覚えていませんが、当時27歳の僕はまだスマホを持っていませんでした。ガラケーで十分だったし、スマホを持つなんて考えもしませんでしたね。
それが今や、「皆さん、通信費削減のために格安SIMにしましょう!」なんて言っている側になりましたよ。どうしてこうなった?
スマホを持っていなかったので、当然ガラケーでネット通信なんてほとんどしていません。それが今や、暇があればネットを閲覧してしまいます。どうしてこうなった?
今は動画や音楽も定額サービスが流行っていますし、なんたらペイなどのキャッシュレス決済を推奨されるようにもなっています。10年前にこんな世の中になっているなんて、一体誰が想像したのだろう。
話が逸れましたが、僕たちはもしかしたら明日、突然病気になって死んでしまうかもしれません。死んでしまえばお金なんて持ってても仕方ないし、今を思いっきり楽しんだほうが良いじゃない!
宵越しの金は持たねぇ!老後のためにと若いうちから節約節約と我慢の生活をして、備えたお金で楽しむ前にポックリ逝ってしまったら意味がねぇぞ。どうなるかわからない将来のために我慢なんてしてられっか!
というのが、今を楽しむ派の意見ですね。なるほどなるほど。ごもっともでぃ!
だがしかし!
そう考えて今を楽しむことしか考えていない人は、いずれ苦労する可能性が高いと思います。なぜなら、人は思っているより長生きする傾向にあるからです。
確かに不幸にも平均寿命より前に亡くなる人がいるのは事実ですが、実際には平均寿命より長生きする人は多いのです。女性の平均寿命は約87歳とされていますが、中央値では91~92歳となるらしいですよ。
おらァ宵越しの金は持たねぇ!と全力で楽しんでいる人は、いつかそのツケが回ってくるのです。
高収入の低資産家庭
今を全力で楽しんでいるケースで悲惨な話の定番が、高収入なのにお金に困るという家庭。年収800万~1,000万ほどの家庭が、なぜかお金が無くて老後が不安になるらしい。
年収300万くらいの人たちからすると、そんだけ稼ぎがあってお金が無いとかバッカじゃねー?と思いますよね。
ぶっちゃけ、僕が年収1,000万なら10年で仕事をリタイヤできる自信がありますよ。
高収入なのにお金がない理由は簡単で、高収入家庭は稼いだ分だけ使ってしまうからです。1,000万円稼いで999万円使えば、その年は1万円しか貯金できませんからね(とりあえず税金は無視)。
そういった生活になるのは、今を楽しむことに比重を置きすぎている結果でしょう。
1,000円のお肉と2,000円のお肉なら迷わず後者を選ぶ。身に付けるものはブランドでないと自分には釣り合わない。住むならやっぱり豪華な家が良いよね~。そだね~。
…なんてことをしていると、どれだけ稼いでいてもあっという間にお金は無くなります。まぁそれが悪いかどうかは他人が言うことじゃないでしょうけど。
そのような生活を続け、高収入にもかかわらず一向に貯蓄ができないまま、気付いたときには「あれ、老後ヤバくね?」となってしまいます。
高収入なら、年金はそれなりに貰えることでしょう。将来的に減額される可能性はありますが、それでも一般的な収入の人と比べれば多く貰えるのは間違いありません。
しかし、現役時から高い生活水準で暮らしていると、その年金だけでは同じ生活を維持することは難しい。だったら生活水準を下げれば良いじゃない!という話ですが、人は簡単に生活水準を下げることはできません。
行動経済学という学問では、人は損をするのを極端に嫌う傾向にあるとされており、生活水準が下がるのはそれと似た意味を持ちます。これまで家賃20万円の4LDKに住んでいた自分が、家賃10万円の1LDKに住むなんて屈辱だッ!と思ってしまうんですね。
今が楽しければ良いという考えでもっとも恐ろしいのが、この将来的に生活水準が下がってしまう可能性が高いということです。生活水準を維持するには、将来にわたって稼ぎ続けなければならないのですから。
見える!わしには見えるぞ!ヌシが歳とってから苦労をする姿がぁッ!!
将来のことを考えよう派の意見
将来は年金だけで満足な暮らしはでけへん。せやから現役のうちから節約に励み、コツコツと貯蓄をしとくんが大事なんや。多少我慢してでも、それは自分の糧となるんや。
というのが、将来が大事だと考える人の意見ですね。ごもっともでございます。
使わないコンセントは抜いておけ!俺より先に寝てはいけない!水は出しっぱなしにするな!俺より後に起きてもいけない!めしは上手く作れ!いつもきれいでいろ!できる範囲で構わないから。
・・・いい曲だなぁ。
しかしまぁ、将来が不安だからと必要以上に我慢しても良くないですよね。亭主関白も愛情があってこそです。
我慢ばかりしていては、一体わたしは何のために生きているのか?!と思ってしまいます。将来のために、将来のために…と言いながら、その将来とは果たしていつのことなんでしょうか?
5年後?10年後?20年後?
おそらく、心配性の人の場合、いつになっても将来への不安はなくならないでしょう。定年を迎えてまとまった貯蓄を達成したとしても、今後はそれを切り崩すことに不安を感じてしまいそうです。
不安になるのは無知だから
そもそも、人はなぜ不安を感じるのでしょうか?
僕が思うに、それは「無知」が原因だと思います。ある事柄に関して知識があれば、それに対して不安は感じませんよね。
例えば、僕はバイクで知らない土地を旅するのが好きなんですが、知らない土地を走るのは少しドキドキします。バイクなので通ってはいけない道などもありますから。
なので、知らない土地(とくに大通り)を走っているときは不安です。でも、自分の知っている道なら大通りでも全く不安はありません。
では、多くの人は将来に対して不安になる原因はどこにあるのか?
原因がひとつとは限りませんが、お金に対しての知識がないということが不安になる大きな要因ではないでしょうか。
人生何が起こるかわからないし、いくらお金があれば安泰なんて具体的な金額もわかりません。いくら知識があったところで、不安がゼロになることも難しいでしょう。しかし、お金の知識を身に付けておけば、将来の不安を和らげる緩衝材にはなります。
じゃあお金の知識って何やって聞かれても難しいですが、例えば貯蓄と投資に関する知識。他にも保険や通信費についてなど、知識がある人とない人で生涯大きな差が生まれることは多々あります。
僕は格安SIMでスマホ代が月額1,300円ほどですが、もし知識がないだけで格安SIMが不安だからと月額8,000円を支払っている人とでは、年間で約8万円の差が出ます。それが40年続けば320万円ですよ。ちょっとした年収分じゃないですか。
スマホに限らず、知っていれば無駄に支払わずに済む費用はたくさんあります。少なくとも、それらの知識があればその分だけでもお金は残りますよね。
とくに日本人に不足しているのは、投資に関する知識です。僕もそれほど詳しいわけじゃないですが、投資の優位性についてはしっかりと理解しているつもりですし、そのおかげで将来に対する不安もそれほどありません。
いくら貯蓄をしていても、長生きすればするほど貯蓄は減っていく一方です。将来が不安な人は、それがわかっているから一層不安になるんじゃないでしょうか。そうなると、いつになってもお金を自由に使えず楽しむことができないですよね。
なので、僕は将来の不安をなくすために、貯蓄と投資についてしっかりと知識を深めていくことが重要だと思っています。
今を楽しむ派は苦労する…多分
僕は、将来のことを考える派より、今を楽しむ派のほうが苦労するんじゃないかなと思っています。
なぜなら、前者は将来が不安なので身の丈に合った生活、もしくはそれ以下の生活をしているでしょうから、お金がなくても案外苦労しない可能性があります。
しかし、後者は生活水準が高くなっているので、それを下げるのは簡単ではないからですね。
まぁ不安のあまり今を全然楽しめない人は、それはそれで苦労しているとも言えなくはないですが、その起伏の度合いは今を楽しむ派より穏やかなんじゃないでしょうか。
ただし、高収入の人が悟りをひらき、高収入のまま生活水準を改善できれば最強です。稼ぎがある分、お金が貯まるスピードは低収入の人に比べて段違いですからね。
今を楽しむことと、楽をすることは違う
今が楽しいに越したことはないので、今を楽しもうぜッ!という意見はとても理解できます。
ただ、今が楽しければ良いと言う人の多くは、将来のことに向き合わずに楽をしているだけなんじゃないかと思うこともあります。とくに、何も考えずに楽しもうぜヒャッハーッ!と言っている人はそうじゃないかな。
ここからはちょっと何言ってるかわかんないです状態になりますがお付き合いください。
何も考えずに今が楽しければ良いと過ごし、その結果、将来苦労することになれば、その苦労しているとき=将来の今は楽しめてないことになりますよね。
今を楽しもうぜヒャッハーッ!と言うなら、現在の今・1年後の今・10年後の今、どの時点でも楽しめるように考える必要があると思うのです。
「今」は明日になればそのときが「今」になります。
「今」とは将来に渡って存在し続けるものでもあるので、今を楽しむなら将来的にも存在する「今」を楽しめるように考えなければ、その考えは矛盾していることになりませんか?
逆もまたしかり。
「将来」が不安で漠然と我慢ばかりしていても、将来時点のさらに「将来」も不安が拭えず我慢し続ける人生になってしまいます。
今を楽しもうとするなら将来のことを、将来の不安を拭うなら今を楽しむことを同時に考えていくことが重要なんじゃないでしょうか。
え~、僕は一体何を言っているのだろか?(パニック)
まとめ
人生って難しいねッ!ニッコリ
何事もバランスが大事よってことです。以上、おわり!

コメント
そう…(無関心)
無関心なコメントありがとうございます。
でも、コメントを頂けただけでも無関心ではないと捉えさせていただきます。
お互い人生楽しみましょう!